らんのものおき

和訳とか、映画の感想とか、舞台の感想とか。

Warning (Bare: A Pop Opera)日本語訳

[クレア]

ついに来たのよ、クレア、恐れていた通りのことが

長年の疑問が明かされそうとしている

距離をおいていた触れないでいた言葉が

私は今まで息子のことを知っていたのかしら

でも今は知りすぎてしまった


何が間違いだったの? 

どうしてこうなったのかしら?

そこには私達の見たくないものがある

何が間違いだったの?

これを予知することはできた?


この告知を前に私は感覚を麻痺させる

何が間違いだったの?

何が間違いだったの?


もしあの頃に聞いた歌を私が愛していたら?

息子が生まれたあの頃に歌った歌を

私が息子に抱いていた夢がすべて消えていく

言葉にならない 何も言えない


私は息子を抱きしめたかった

神よ 息子は一人で恐怖の中にいる

私がそこにいるべきなのよ 

息子を愛しているんだから

だけどまだ心の準備ができない


何が間違いだったの?

きっと父さんは死ぬほど悲しむわ

なんて伝えれば良いのかしら

私が泣いている姿なんて見せられない


何が間違いだったの?

誰にも言わないで

彼らの哀れな姿なんて見たくない

私はただ自分の息子を取り戻したいの


それは起こってしまった

そう起こってしまったの

人生はおかしなものね

たった一言が世界を変えてしまう

これが本当に私の子?

私のはじめて授かった子なの?

ゆりかごに揺られていた穏やかで優しい子は

See Me (Bare: A Pop Opera)日本語訳

クレア [spoken]: 

もしもし? 


ピーター: 

母さん、話があるんだ 


クレア [spoken]:

ピーター!ちょうど電話しようと思ってたのよ


ピーター:  

知ってほしいことがあるんだ


クレア [spoken]:

1週間会ってないだけでもう寂しいわ 


ピーター:  

どうしても伝えたくて 


クレア[spoken]:

リハーサルの調子はどう?


ピーター:

数年前から気づいていたかもしれないけど

伝えるのが難しくて 


クレア [spoken]:

ピーター、あなたの演劇発表会すごく楽しみだわ 


ピーター:

ずっと言えずにきたことなんだ


クレア [spoken] :

父さんにも連絡したら必ず観に来るって言ってたわ


ピーター: 

言いたくて仕方がないけど

一人で祈っているときにしか

声にはできないことなんだ 


クレア [spoken]:

本当はこっそり録画したいくらいだけど我慢するわ 


ピーター:  

ただ心を開いてほしいんだ 


クレア [spoken]

ピーター、今はちょっと無理かもしれないわ


ピーター: 

ずっと孤独を抱えていたんだ


クレア [spoken]:

ナナをランチに連れて行かなくちゃ

 

ピーター:

一人で答えを探してた 


クレア [spoken]:

彼女もきっとあなたを誇りに思うわ


ピーター: 

だけど道を見失ってしまった

[spoken]

母さん、お願いだから何も言わずに話を聞いて

なんて言えば良いかな

言いにくいことなんだ

なかなかまとまらなくて

母さんのこと愛してるよ

それで…


クレア:

バークレー校から補欠合格の連絡が来たわよ

私びっくりしちゃった

バークレー校に進学するつもりなの?

志願してたなんて知らなかったわ 


ピーター [spoken] :

母さん、お願いだから聞いて 


クレア:

ノートルダム大学のほうはどうしたの?

辞退してたなんて知らなかったわ

みんながっかりするわよ

本気なの?

 

ピーター:

母さん、大事な話なんだ

聞いてよ

話を遮らないで

僕のことを見て 


クレア:

ピーター、今はとても忙しいの

またかけ直すわ 


ピーター:

すごく言いにくいことなんだ

お願いだから目を背けないで

[spoken]

母さん、僕…


クレア:

ピーター、お願いだから急かさないで

何の話か知らないけど今は待ってくれるかしら

もうきらなきゃ

本当にもうきらなきゃいけないの


ピーター:

勇気を出して電話したんだ

お願いだからきらないで

孤独で死にそうなんだ

僕が言おうとしてること分かるよね?

言わせてよ、母さん、僕は…


クレア:

ピーター、お願い、私だってあなたの問題をすべて解決してあげられるわけじゃないのよ


ピーター:

母さん、違うんだ

解決してほしいわけじゃない

ただ僕の母さんでいて、友人でいてほしいんだ

僕のことを見て


クレア [spoken]:

今は話し合える状況じゃないの 


ピーター:

12歳の頃からずっと言いたかったことなんだ


クレア [spoken]:

ピーター、私もう行くわね 


ピーター:

僕の言葉を聞きたくないんだね

僕のことを見たくないんだね

ただ見てくれすらしないの?


クレア:

ピーター、あなた興奮しすぎよ


ピーター:

それだけの理由があるんだよ

どうか目を開けて 


クレア:

ピーターお願い、もう行かなきゃならないの

本当に行かなきゃ

[spoken] 

また電話するわね


ピーター:

いつ?母さん、いつ電話してくれるの?


クレア [spoken]:

すぐよ、ピーター

今週中、今週末にはかけ直すわ 


ピーター: 

一緒になんとかできるよ


クレア [spoken]:

何の話か知らないけど自分でなんとかできるでしょ


ピーター:

このことをずっと背負ってきたんだ 


クレア [spoken]:

私だっていろんなことを背負ってるわ


ピーター:

お願いだからきらないで 


クレア [spoken]:

もう行くわね


ピーター:

お願い僕を見て…

舞台版Brokeback Mountain観劇レポ

ロンドンに舞台版『ブロークバック・マウンテン』を観に行ったレポです。

はじめに

 2023年3月、ルーカス・ヘッジズとマイク・ファイストがウエストエンドで舞台版『ブロークバック・マウンテン』に出演することが発表された。『ブロークバック・マウンテン』と聞いてほとんどの人が思い浮かべるのは2005年の映画版だろう。良くも悪くもゲイ映画の古典のような作品である。あの時代に大作映画でゲイの恋愛を題材にして賞レースにも出たのは凄い。一方で、あの作品はよくあるゲイ映画のステレオタイプ全部入りでもある。「美しい映像の中で」「美しい男2人が愛し合う」「片方が死ぬ」「悲恋もの」なんて少しクィア映画ウォッチャーをやっていれば全て耳にタコができるほど聞いた言葉だ。だから、最初に舞台版が発表されたときの第一印象は「今この時代にブロークバック・マウンテンやるの!?」だった。無理もない。普通ならそこで終わりだ。ただちょっと待て。主演がルーカス・ヘッジズとマイク・ファイストなんだよ。なんなんだその「私の考えた最強のブロークバック・マウンテン」みたいなキャスティングは。マイク・ファイストは舞台『Dear Evan Hansen』や映画『ウエスト・サイド・ストーリー』に続いてまた死ぬ役だし(ちなみに私が今まで見た彼の役は半分が劇中で死に、もう半分は人を殺している)、ルーカス・ヘッジズは映画『ある少年の告白』での苦悩するクィアに『ハニーボーイ』の有害さを足したような役だ。すべてのシーンが観る前から想像できる。だけどそれが実際に観れると言われたらそりゃ観たいに決まっている。あの2人をぶつけて互いの得意分野を最大限に出せる作品は何かという問いに対しての『ブロークバック・マウンテン』という選択、これ以上の正解があるか。

 ということでロンドンに行くことになった。日程は8/9のソワレと8/10のマチネ。円形劇場なので一度では見えないシーンもあるだろうと、1回目は1階席の最前列、2回目は反対側の2階席で観ることにした。

 とはいえ演目が『ブロークバック・マウンテン』だ。これは「見飽きたステレオタイプな悲恋を語られる」か「今語るべき物語としてあえてこの作品を選んでいる」かのどちらかである。私が「なんとなく後者な気がする」と思っていると、あるインタビュー記事が公開された。その記事で製作陣はこう語っている。

舞台で理想の世界を描くというトレンドがある今、このような物語を語ることは必ずしも必須ではないかもしれない。理想の世界を描くことは素晴らしいことだ。だが、その裏で実際に起きている事柄について語る機会は失われるべきではない

 ありがとう。完っっっ全に後者である。これを読んで私はこの舞台に対して無事全面的な信頼を寄せた。

 余談だけど、同じ記事でマイク・ファイストが「この作品を通して自分のトラウマと向き合うことになった」と言っていたのでかなり心配になった。何があったんだ。

 さて、実際の観劇は数ヶ月先だったので、ゆっくり予習をすることにした。今回の舞台版は映画版よりも原作準拠ということで、まずは原作小説から。映画版とおおまかな話は変わらないが、文庫で100ページ弱と短いので、色々な描写があっさりしていて読みやすかった。

 次に音楽。今回使われる音楽は舞台オリジナルで、「Brokeback Mountain (Official West End Cast Recording)」で検索すると各種配信サービスで聴くことができる。音楽が重要な役割を果たす作品なので興味があれば聴いてみてほしい。

 ちなみに予習として映画版も観返そうと思ったが、主演の2人が「あえて映画版を観返していない」と言っていたので、それなら私もそうしようと観返さないことにした。

劇場とその周辺

 とうとう劇場についた。場所はロンドンのソーホーにある@sohoplaceという劇場。ロンドンで屈指のゲイカルチャーが栄える地域でもある。

劇場入口前にあるカフェ、20 Soho。窓一面に様々なプライドフラッグが描かれている。

劇場ステージドア正面にあるナイトクラブ、G-A-Y Late。工事中の壁がプライドフラッグの配色になっている。

それらに挟まれた@sohoplace。新しい劇場らしくオフィスビルのような外観をしている。

 劇場内は撮影禁止。600席ほどの小さい劇場で、ステージの周りを360度客席が取り囲むかたちになっている。

全体の感想

 恐かった。劇場でここまでホモフォビアによる恐怖感を肌で感じたのは初めてかもしれない。「あの時代のホモフォビアって残酷だよね」とか「今も考え続けなきゃいけないよね」とかいう現代目線のメッセージを直接伝えるやり方とは違う、観客に当時の恐怖感をそのまま体験させる舞台だった。舞台上だけじゃない、客席を含めた劇場の空間すべてがホモフォビア蔓延する社会そのものと化していた。

 俳優達は決して第四の壁を越えてるわけじゃないけど、でも観客の存在は確かに彼らを抑圧する社会の目としてその場で作用していた。製作側は意図してこれをやっていたと思う。観客を無自覚に彼らを嘲笑する存在として舞台装置の一部にするまでが演出のうちなんだよ。完全に観客がいるからこそ成り立つ舞台だ。『ブロークバック・マウンテン』を観に来ているんだから、だいたいの観客はどのタイミングでどんなシリアスなシーンが始まるか想定している。なのに俳優達はそこにあえて少しだけ笑える演技を入れるんだよ。コメディになりすぎない程度の少し滑稽な演技を。すると観客は当然笑う。劇場の空気が緩む。すかさずシリアスなシーンが始まる。先程の緩んだ空気が彼らを嘲笑するものとして作用し劇場全体に妙な居心地の悪さが生まれる。その日の客席の雰囲気に合わせて微妙な間の取り方とかで俳優が臨機応変に観客の笑い声を操れるのは舞台の醍醐味だと思う。

 席によって見えない演技もあるけどすべての演技がどこかの席からは必ず見られているという@sohoplaceの構造も、観客が彼らを監視し抑圧する社会の目として配置されているみたいですごく良かった。客席の大半が舞台を見下ろすかたちになっているのも、観客が抑圧する側として上位に立っているみたいで良い。劇場に入った瞬間から観客はすでにホモフォビア社会の構成員にさせられているんだよ(劇場に入らなくても現実問題そうなんですが)。

 『ブロークバック・マウンテン』を今の時代に必要な作品として新たに作り上げるにあたって、無難にアップデートするなら新しいシーンやメッセージ性を追加するであろうところ、原作の内容をほとんど変えずにホモフォビアによる恐怖感を劇場内に充満させることに注力するという選択、シンプルにすごい。製作陣のやりたいことがはっきりしている。そもそも無難なアップデート版をやるならそれは『ブロークバック・マウンテン』である必要はないんだよ。『ゴッズ・オウン・カントリー』とかやれば良いんだから。

 製作陣のスタンスが本当に揺るがなくて好き。この作品はホモフォビアヘイトクライムの話なんだというのがパンフを見れば一目瞭然。登場人物の個々人についてはあまり触れずに、1998年に『ブロークバック・マウンテン』の舞台と同じワイオミング州で起きたマシュー・シェパードというゲイの青年が殺された事件の説明に2ページ使ってる。

 映画版『ブロークバック・マウンテン』がヒットしてから長い間、ゲイの恋愛映画は美しさを売りにするものが持て囃されてきて、まるで彼らの関係が「美しいから」異性愛と同等に扱われるべきみたいな風潮があった。今回の舞台版はそういう風潮にも対抗して、美しくなくてむしろ歪ですらある2人の関係を「だとしてもヘイトクライムがあって良いわけがない」というスタンスで描いていたのが良かった(ちなみに製作陣は明らかに映画版に対抗意識を燃やしていて、劇場の外にはレビュー記事を引用して大きく「Even better than the film」と掲示されていた)。

 ゲイカップルの片方が死ぬ物語がステレオタイプな悲劇の消費だと批判されることも多くなった(それ自体は進歩だと思うけど)今において、ヘイトクライムをどう語るかの一つのアンサーじゃないか。映画版公開から18年だよ。ゲイの恋愛物語で真っ向からヘイトクライムの話をするだけでこんなに時間がかかってしまったのかという気持ちすらある。

 余談だけど、2回目観劇のときに客席におそろいのカウボーイハットを持ったおじいちゃん2人組がいたのも良かった。作中のようなヘイトの時代を実際に生き抜いた人達かもしれないと思ってしまう。そういう人達が今も生きてフィクションを楽しんでいるのに、明るい面ばかりを舞台で描いて『ブロークバック・マウンテン』のような作品を切り捨てることはできないと思う。ステレオタイプなゲイの悲恋ものの暗さに嫌気がさす気持ちも分かるけど。このヘイトは全然過去のものじゃないから。でもそれをもう過去のものだと思っている人が多いから、こういうホモフォビア社会のイマーシブシアターみたいな形で擬似的にでも体験させる作品が生み出されたのはすごく意義あることだと思う。まじで恐かった。

シーンごとの感想

※私はこの記事に見たものすべてを書き留める気でいるので、ここからはシーンごとに解説と感想を書いていきます。長いです。興味のある人だけ読んでください。また、主にイニスに対して「有害」という言葉を使っていますが、そこには「でも一番有害なのは彼にそんな振る舞いをさせてしまうこの社会」という前提があります。

シーン1

2013年、老年イニスが一人でベッドに寝ており、側には一着のシャツが置いてある。老年イニスがそのシャツを手に取り思い出に浸るような表情を浮かべと、若い頃のイニス(以下、イニス)が現れる。ここから老年イニスは若い頃の自分に眼差しを向けたり、説明を補ったりする役目として常に舞台上にいる。

1963年、イニスがブロークバックマウンテンでの羊番の仕事をもらうため雇い主の小屋を訪れる。そこで彼は仕事のパートナーとなるジャックと出会う。出会いの記念に酒場に行く2人。無口なイニスとは対照的によく喋るジャック。イニスは今後の結婚の予定を話し、ジャックは女といるよりもロデオをやっているほうが楽しいと語る。

  • 最初の老年イニスが若イニスを間近で見てすれ違うシーン、すごく好き。視線だけで語り部のバトンタッチが行われている。
  • 老年イニスは舞台版だと2013年設定。その翌々年にはアメリカ全土で同性婚ができるようになる。現代の社会状況は描かれない(皆んな知ってるので)けど、時代設定を今と近くしてくれたの、想像がしやすくて助かる。
  • 舞台上に老年イニスがずっといるの、イニスがあの歳まで生き延びてるってこと自体が希望。むしろそれくらいしか希望がない。
  • 酒場、まったく喋らないイニスと一方的に話し続けるジャック。タイプが違うだけでどっちもコミュニケーションが下手。
シーン2

山でキャンプ地を準備するイニスとジャック。ジャックは文句を言いながらテントを準備し、イニスは黙々と夕飯の準備をする。準備が済み、夕飯を食べる2人。食事をしながら、ジャックは熱心にロデオの話をする。翌朝、ジャックは羊番に出かけていき、イニスは朝食の片付けをする。

  • マイク・ファイストのジャック解釈、映画とも原作小説ともまったく違うのに人物としての精神構造が完成されきっていた。あんなに口汚く一方的に喋りまくるうるさいマイク・ファイストは二度と観れないと思う。うるさいのに演技が繊細すぎる。
  • 観る前から想像できるとか言ってすみませんでした。これは知らないマイク・ファイストです。あれだけ影のある役ばっかりやってたマイク・ファイストの一番影がない役がブロークバックマウンテンというシリアス演目なのどういうことだよ。
  • ジャックが山でテントを立てるのが下手くそだった。黙々と準備するイニスの横で口も足音も物音もうるさいのになかなかテントが立てられなくて一人で苛ついてるジャック。テントの釘を地面にさす足音が本当にうるさい。かなり笑いが起きていた。
  • ジャックがテントの準備しながらずっと仕事の文句言ってる。イニスに反応を求めてるわけでもなく本当に仕事に不満があるわけでもなく、ただ何かを喋っていたいんだと思う。イニスがジャックの文句を完全無視してるのも良かった。
  • ジャックは自分の話をちゃんと聞いてもらえないことに慣れているしそれが普通だと思ってそう。なのでイニスにスルーされることに対して傷つきや不満がない。
  • ロデオの話で一人テンションの上がるジャック。テンションが高すぎてイニスに「頭おかしいのか」と言われる。長めのギャグシーン。
シーン3

ジャックが羊番からキャンプ地に戻り、文句を言いながら食事をする。それを聞いたイニスは仕事の交代を提案をする。食事をしながらイニスは、両親が他界し兄と姉に育てられたこと、料理の仕方を姉から教わったこと等を話す。イニスは羊番に出かけていき、ジャックはキャンプ地に残る。

イニスがキャンプ地に戻ってくる。ジャックは服を脱いで体を拭くイニスに視線を向ける。2人は夕飯を食べる。ジャックは、父親がロデオの名士であったことや、実家の牧場のこと等を話す。やがてジャックはハーモニカを取り出し吹き始める。イニスははじめ嫌そうな顔をしていたが、しばらくすると一緒に歌い始める。夜が深くなり、この日は2人共キャンプ地で寝ることにする。ジャックはテントの中に入り、イニスは外で毛布に包まって眠る。

  • 豆の缶詰開けながら文句を言い続けるジャック。不器用で雑なので手を切らないか心配になる。ジャックはイニスと喋りたいだけで本当に仕事が不満なわけではないのにイニスはコミュニケーションが下手なので「なら仕事代わってもいいけど?」って言う。
  • ジャックに自分の身の上を話すイニス。イニスは普段無口だけどこういう身の上話はけっこう自分から話してくれるところ、無意識にケアを求めるのが上手い。
  • イニスが去ったあと、イニスの方向を気にしながらイニスの食べかけのパンを食べるジャック。台本にはなかった演技。ジャックがすでにイニスに興味あるの丸わかりで良い。
  • イニスが身体を拭いてるときにジャックが興味ありそうに見てる。イニスの尻が見えると顔を背けるのも良い。ちなみにイニスの尻が見えるのは観客の笑いポイント。
  • ジャック、父親に関して重めのトラウマがある(後のシーンで分かる)のに、最初にイニスに話す父親関連の話が「親父はロデオで有名で〜」と自慢気味に始まる。トラウマをトラウマだと認識できていない感じがして良い。父親がアドバイスくれないのも一度も自分のロデオを見に来てくれないのも「そのほうがさっぱりしててかっこいい」くらいの認識をしてそう。
  • ハーモニカ吹いて絡んでくるジャック、ウザくて良い。はじめイニスが本当に嫌そうな顔してた。
シーン4

イニスが外で眠りながら凍えていると、ジャックが彼をテントの中に呼ぶ。そこで2人はセックスをし、夜が明ける。翌朝、イニスは「俺はゲイじゃない」と言い、ジャックは「俺だってそうだ。他人にとやかく言われる筋合いはない」と答える。塞ぎ込むイニスの肩を足で突いてちょっかいを出すジャック。腹を立てたイニスはジャックに掴み掛かり、取っ組み合いになる。やがてジャックを地面に押さえ込んだイニスは、ジャックにキスをする。イニスは羊番に出かけて行くが、一度戻ってくるとジャックを後ろから抱きしめる。

  • シリアスホラーシーン直前にイニスへの毛布の被せ方を雑にして笑いをとるジャック。気がある人に対してもこの雑さなので本当に乱雑な人なんだと思う。2回目は勢いよく被せすぎてイニスの顔が隠れてた。
  • イニスをテントに呼ぶジャック、呼び方が「震え声うるせえよ!」みたいな感じの半ギレで笑いがおきていた。これからセックス(というか性暴力)が始まるって観客もだいたい分かってるのに。演技の加減が上手い。
  • テントでのセックスがホラー演出。薄暗い舞台で2人のいるテントだけが怪しく光り、イニスの悲鳴が聞こえる。ここは行為自体が暴力的だしイニスが自分がゲイだと気づく恐怖とも重なっているので。おそらく制作段階で「このシーンってそもそも性暴力ですよね」って話しがあったんだと思う。ここの不気味な雰囲気のピアノ音はJack’s Themeのイントロ。曲の使い方が上手い。
  • テントの中は基本見えないけど、席とその回のテントの閉まり具合によっては全く見えないわけでもないところが、この劇場の「すべてが観客(=社会)の誰かに監視されている」構造にマッチしていて良い。
  • ルーカス・ヘッジズの「I’m not queer」の言い方、100点。このイニス以上にホモフォビアを強く内面化したクィアの役はしばらく見れないと思う。
  • それに対するジャックの「Me neither」まったくイニスを安心させようとする気のない言い方で良かった。ジャックはゲイであることがバレたら殺される危険も知っていながら、隠れてでも楽しみたいという諦めと開き直りがある。あとたぶん死に対しての恐怖がイニスほど強くないので死の危険と楽しみだったら後者を取る人(ロデオがその象徴でもある)。それがイニスには楽観的に見えるんだろうけど。
  • 観客全員から見える位置での初めてのキスがイニスからなの良かった。内なるホモフォビアはすごく強いけどそこに積極性もあるのが良い。イニス視点の恋の話って感じがする。
シーン5

イニスが出かけてキャンプ地に一人残されたジャックは、イニスのシャツを手に取り匂いをかいで懐にしまう。そこへ雇い主がやってきて、「お前らを雇ったのは羊の番をするためで、薔薇を摘ませるためじゃない」と2人の関係を知っていることを仄めかす。ジャックは一人テントの中に戻る。

  • ジャックが一人でイニスとの関係がバレてるのを示唆されたとき、ずっと手に持った投げ縄をぶらぶらさせてるの良かった。明らかに多動。ああやって常に緊張を逃して現実に直面しないように自分を守っている。
  • Coyoteの曲が暗示する2人の関係が世間に見張られてる雰囲気、恐くて良い。ここでテントの中(2人が初めてセックスした場所)が光るのも比喩的で良い。
  • ミュージカルでも単純なストレートプレイでもなく「音楽劇」にするという選択が、言葉で説明しない演技を得意とする主演2人にすごく合っている。音楽が俳優の代わりに状況や感情を語ってくれるという親切さ。
シーン6

2人が一晩を共に過ごしたことで、羊が他の群れと混ざってしまい、憤るイニス。そこへ雇い主がやってきて、初雪の影響で仕事を予定より早く切り上げることを告げる。突然の別れに戸惑う2人は取っ組み合いをする。山を降りて給料をもらう2人。ジャックが去り一人残されたイニスは、気分が悪くなり地面に突っ伏して嘔吐する。

  • 珍しくイニスのほうが先に仕事の愚痴を言いはじめる。すでにジャックのことを好きではあるものの、男性とセックスした自分と誘ってきたジャックへの憤りがあって、でもそれについて直接文句を言う度胸はないので、あくまで仕事の愚痴を言っているという体にして怒りをぶつけている感じがする。
  • ジャック、雇い主から嫌味を言われてるとき顔を伏せながら手に持ったタバコをいじってて、対イニスじゃなくても基本怒りへの正面衝突があまりできない人なんだと思う。不貞腐れた子供みたいな振る舞い。
シーン7

イニスの妻アルマが現れる。2人は結婚し、子供を2人授かる。ある日、イニスが家の蛇口を捻ると、排水管が壊れており、イニスとアルマはその修理のことで口論をする。

  • 爆速で進むイニスの円満な時期の結婚生活。少し出てきてすぐハケてまた出てきたら子供がもう一人生まれている。脚本の取捨選択がはっきりしてて良いと思う。
  • ルーカス・ヘッジズ、円満じゃない異性愛関係の似合うクィアの俳優No.1。
  • 台本にはなかったけど排水が壊れたときイニスが「俺はお前の夫なんだからお前は俺の言うこと聞いてればいいんだよ」みたいなこと言ってた。最近なかなか聞かないレベルの分かりやすい有害男性台詞で良い。妻を自分の所有物だと思っている。
  • ここでの口論の原因が排水管っていう「女には分からないもの(だとイニスが思っていそう)」なのも有害度が増していて良い。
シーン8

結婚生活を続けるイニスのもとに、ジャックからの手紙が届く。2人は4年ぶりに再会し、キスをする。アルマはそれを目撃し2人の関係を知ってしまう。焦ったイニスはジャックとアルマに軽くお互いを紹介し、ジャックと2人で出かけていく。

  • 再会のキスをかなり大袈裟に演って観客を笑わせていた。2日目では観客が笑わなかったので、イニスがその直後のジャックとアルマに互いを紹介する台詞を雑に言って意地でも笑わせていた。絶対に観客をクィアを嘲笑する装置にしたいという役者の意地が見えた。映画版では一二を争うシリアスなシーンなのに。
シーン9

ベッドで愛し合うイニスとジャック。ジャックはロデオでの功績を話すと、突然思い出したように裸のまま外に駆け出し、酒を持ってくる。2人は酒を飲み、ジャックはいつかイニスと2人で暮らす展望を語る。

  • 一番ロマンチックなムードで話しをするべき時に現実的な話やしょうもない話しかしないのは、この2人がロマンチックな話をすると現実との差に直面して喧嘩するから。まず絶対イニスが「そんなことできるわけないだろ!」ってなると思う(実際に後半のシーンで言ってた)。
  • 4年ぶりに会った恋人とのピロートークで長々とベルトのバックルの自慢をするジャック、自分の話したいことを優先で話す「聞いて聞いて!」な子供みたいで良い。
  • 全裸で奇声をあげて走り去るジャック。おそらく全裸のまま家から出て車に酒を取りに行った。客席が困惑していた。ベッドに一人取り残されたイニスのまったく状況が理解できていない表情も良かった。
  • ジャックが本編中一番の奇行に走っているシーン(全裸ダッシュ)が明らかに素面状態なの、酒は好きだけど酔えない人って感じがして良い。
シーン10

イニスはアルマが自分の知らない間にパートタイムの仕事をしていたことを責める。対してアルマは、イニスが安定した職に就かず山での短期的な仕事ばかりしていることを責める。話が終わると、アルマはベッドでイニスを待つ。2人はセックスをしようとするが、アルマがイニスに「今は金銭的に苦しいから子供ができると困る」と言いピルを取り出すと、イニスは憤りピルを投げ捨てて部屋を出ていく。

  • イニス、本編2回目の「I’m your husband」発言。夫という社会的地位にしがみついている。
  • ピルを投げるルーカス・ヘッジズ、本当にのびのびと有害男性演技をしてて最高だった。老年イニスのそれを悔いてるけど許されないことも分かっている演技も良かった。
シーン11

アルマは町でビルという男性に出会う。ビルはイニスとの関係に悩むアルマに助言をし、2人は距離を縮める。その後、アルマはイニスに離婚を申し出る。

  • イニスがアルマに対して酷いことをした直後なので、ここでビルに出会たことが良かったと思う。アルマに主体性がある描き方になっていた。
  • アルマとビル、この演目で唯一健全で円満な恋愛関係だと思う(イニスはアルマ相手でもジャック相手でも依存や支配のある歪な関係になってしまうので)
  • イニスとアルマの離婚話、お互い関係が破綻していることが分かっている虚無な空気感が良かった。
  • 離婚話が終わってイニスが一人ベッドに腰掛けている時点から、次のシーンに移行する前にOn the Hawk’s Back の There were two on the mountainという歌詞が流れはじめる。イニスが一人ベッドでジャックのことを思い出してるみたいで良かった。
シーン12

イニスはジャックにアルマと離婚したこと、子供の養育費の支払いを続けていることを話す。

2人は焚き火の前で身を寄せ合う。イニスは「俺は死にたくない」と言い、かつて彼の近くに住んでいた2人の男性が殺された話をする。幼いイニスは父親に連れられてその死骸を見たのだった。イニスは「あれは親父がやったんだと思う」と話す。

対してジャックも、幼い頃の父親との記憶を話す。ある晩ジャックの父親は、彼を酷く殴り彼の上に放尿した。ジャックはそのとき父親のペニスを間近で見、自分のものとは違うことに気づく。ジャックはそれを「自分は他人とは違うということを区別するために切られた」のだと理解したのだった。

  • さぁはじまりました!主演俳優2人の得意分野演技のぶつかり合いだ!製作陣はこれがやりたかったんだと思う。私もそれが見たかった。ありがとう。
  • 他のシーンでは(自分が愛しているのが男だということに向き合いたくなくて)ジャックの顔を見ずに後ろからばかり抱いていたイニスが、このシーンではジャックに背中を預けて肩を抱かれている。無意識にケアをされている。
  • ジャックがイニスのトラウマ聞いてるときにずっとイニスの髪の毛を触っている。好きな人に触れていたいというよりも、とりあえず何かをいじっていたい多動っぽさがあった。
  • ジャック、トラウマ話してるときに泣きながら(2日目は泣いてなかったけど)爆笑してた。よくある自嘲的な笑みとかじゃなくて、爆笑だった。
  • ジャックはこの出来事をトラウマだと認識できてなさそう。下ネタが好きそうなので父親関連の面白下品話くらいに思ってるかもしれない。でも話すだけでそんな状態になっちゃう鮮明に覚えてる出来事はそれはもうトラウマなんだよ。
  • イニスとジャック、どっちもこの社会で生きていこうとした結果の人格形成って感じがして良い。イニスはたとえ他人に害を与えても自分が苦しくても絶対に規範からはみ出てはいけないって脅迫観念があるし、ジャックは自分ははじめから他の人とは違うという諦めと開き直りがある。
シーン13

アルマの再婚相手ビルの家に招かれるイニス。イニスは妊娠中のアルマと話す。アルマは、彼女がイニスとジャックの関係に気づいていたことを告げる。それを聞いたイニスは激昂する。そこにビルが現れアルマを気遣うと、イニスは気まずくなり退出する。その様子を眺めていた老年イニスがアルマに手を差し伸べようとするが触れることができない。

  • 妊婦相手に逆ギレするイニス本当に有害。主人公をここまで有害な人物として描いているのすごい(その過去の振る舞いを悔いている老年イニスの演技があってこそ可能だったんだと思うけど)
  • 2人の関係に気づいていたことを話す妻が真面目な演技してるのに笑いがおきてたの恐かった。劇場全体がホモフォビア社会そのものになっている。
  • 再婚相手が入ってきた瞬間に黙るイニス、人間性から男性らしさから全てにおいて再婚相手に負けていて良い。再婚相手がそこまで男らしさのあるタイプじゃない(穏やかなおじさんって感じ)のも、イニスの情けなさが強調されて良い。
シーン14

互いの近況を話すイニスとジャック。やがてジャックはイニスに2人でメキシコに住もうと提案する。イニスはそれを拒否し、ジャックはいつまでもこんな関係を続けるのは嫌だと返す。2人は口論になり、ジャックは「できるものならお前とは縁を切りたいとさえ思う」と言う。口論の後、イニスは過呼吸を起こす。

  • 本編中で一二を争うシリアスシーンの喧嘩直前にわざとらしくポーズを取りイニスを誘って笑いをとるジャック。こんなところで一番単純なギャグをやっている。
  • イニスは自分の子供の面倒をあまり見ていないのに「子供は女の子じゃなくて男の子が欲しかった」って言っているの、子供のことも自分の社会的立ち位置を守るためのものだと思っている。なんなら生活苦しいのに3人目の子供を欲しがっていたのは男の子が欲しかったからな可能性もある。一方ジャックは「子供が明らかに失読症を抱えているのに妻がそれを認めようとしない」と、妻よりも子供の変化に気がついている。
  • ずっとヘラヘラしていたジャックがこのシーンで初めて真剣に怒りを表明して「俺達は一緒に良い人生が送れたのに」と言う。最初から自分には他の人と同じような人生は用意されてないっていう諦めがあるジャックの、他の人と同じ人生が用意されてないことに対してのやっと出た怒りみたいで良い。
  • だけど2日目のジャックはこの「俺達は一緒に良い人生が~」でも笑ってしまっていた。たぶん1日目よりもイニスの激昂が強すぎて向き合う精神力がないと判断してあの演技になったんだと思う。感情のキャッチボールが日によって違うのが凄い。
  • イニス、自分の怒りや不満をぶつけるために正論らしい言い方をするのが上手い。
  • ジャックは自分の人生をジョークだと思ってそう。自己肯定感が低いというより自己肯定感がない状態が常で、ない状態のままハイテンションをやってる。ジャックが真剣な話をしながらも笑っちゃうのは、自分にはそれを真面目に語るほどの価値がないと思ってるからなところもあると思う。
  • ジャック、やっと怒りを表明できた直後にイニスの体調不良で話を切り上げられて向き合ってもらえず、イニスの心配をせざるを得ないの可哀想。体調不良は仕方ないのでイニスを責められないのが尚更可哀想。これが2人の最後のシーンなので、イニスは最後までジャックにケアをされている。しかもジャックはたぶんその体調不良の原因が「男性である自分と恋愛関係にあることへの嫌悪」だということまで分かっている。
  • 現実の同性婚の議論とかでよく言われた「ゲイの恋愛関係は短期的」ってのも全く根拠のないデマではないんだよね。社会状況を顧みると一人と長期的な関係を築くことはあまりにリスクが高くて困難なので。ジャックの振る舞いはそんな背景も感じられて良かった。
  • イニスにとってのジャックは唯一恋愛関係になれた男性(ホモフォビアを内面化しているので自分から男性と恋愛関係に踏み出すことができない)だし、ジャックにとってのイニスは唯一自分との関係を長期的に求めてくれる男性で、歪な共依存関係になっている。
シーン15

イニスがジャックに送った手紙が返送されてくる。不審に思い電話をかけると、ジャックの妻から、ジャックが事故で死んだことを知らされる。それはかつてイニスの父親が殺した2人の男性と同じ死に方であった。イニスはすぐにそれが事故ではなくヘイトクライムによる殺人だと悟る。

  • ジャックの妻が「ブロークバック・マウンテンってあの人の戯言だと思ってた」と言うシーンの「あの人よくお酒を飲んでたから」で観客が笑ってたの、恐かった。ジャックはどんなに酒飲んでも普段よりテンション高くなるくらいで記憶なくしたり突飛なこと言ったりはできないタイプだと思う。だけどよく酒を飲むので真面目に語った夢や思い出が酔って言った戯言だと思われている。
  • ジャック、ただの酒好きでアルコール依存まではいかないくらいなのが精神的問題にフォーカスされてなくて良い。精神面が大丈夫じゃないのは明らかなのに誰にも気づかれていない。
  • イニスがジャックの死因を悟るところ、台本ではイニスが独り言で「Tire iron(凶器に使われた道具)」と言うはずが、実際には老年イニスの台詞になっていた、ルーカス・ヘッジズが得意の寡黙な演技をできるようにという配慮が手厚い。
シーン16

ジャックの両親を訪れるイニス。ジャックの父親は、ジャックがブロークバック・マウンテンに遺灰を撒いてほしいと言っていたこと、しかし家族の墓に入れるためそれはできないことを告げる。ジャックの母親はイニスをジャックの部屋に案内する。イニスはそこでかつてジャックが盗んだ自分のシャツを発見する。シャツを持って一人で家に帰るイニス。イニスはベッドに腰掛け、持ち帰ったシャツに顔を埋め、ジャックのことを思い出す。するとジャックがかつての姿で現れ、舞台の端に立つ老年イニスを抱きしめる。

  • ジャック、父親にトラウマ植え付けられてるのに死ぬ前に実家暮らししていて家業の手伝いすらしていたらしい。自分を尊重しない人のもとに自分から行っていたの、尊重されないのが当たり前だと思ってる感じがする。認知が歪んでいて実家の環境が良くないということを認識できていない。
  • 実家暮らししてた時期のジャック、両親にも普通に「将来男の人と一緒に牧場をやって暮らしたい」みたいな夢を語っていたらしい。たぶん聞かれてもないのに一方的に話してたんだと思う。両親も9割聞き流すだけであってほしい。
  • ジャックは死ぬ前にイニス以外の男とも一緒に暮らす計画を立てていたらしい。イニスとジャックの関係を唯一無二のものとして描くなら削除しても良いその情報をちゃんと入れたの誠実だと思う。ジャックがイニスだけに依存していたわけじゃないことが分かって少し安心する。
  • ジャック、ブロークバック・マウンテンに遺灰を撒いてほしいという最後の望みすら聞いてもらえない。結局イニスも両親も誰もジャックの話をちゃんと聞いていない。
  • ラストシーン、シャツに顔を埋めて表情を見せないイニスがすごく良かった。
  • 思い出に浸るような老年イニスの表情もすごく良かった。
  • あれだけ本編でうるさいハイテンションの多かったジャックが、ここではしっかりイニスの美しい思い出の姿として存在して整合性が取れているの、演技の加減が上手い。イニスの思い出が美化されているという歪みが前提にあってこそではあるけど。
  • 恋愛にフォーカスした演出じゃないのにラブストーリーとしてもすごく良い。あの2人の関係は美しくも唯一無二でもない(美しくも唯一無二でもなくてもヘイトクライムはあってはいけないので)けど、あの思い出は老年イニスにとって愛おしくて特別なものだし、その2つは両立する。
  • 俳優も演出も脚本も良かったけど、私はそもそも『ブロークバック・マウンテン』という物語がけっこう好きかもしれないな!?って気持ちになってきた。原作にも映画版にもあまり思い入れがなかったのに。ありがとう舞台版。大好きです。

 

『フィアー・ストリート』感想

※この感想には『オズの魔法使』『ウィキッド』『フィアー・ストリート』のネタバレが存分に含まれています。未見の方はご注意を。

 

 Netflixで配信中の『フィアー・ストリート』3部作。数世紀にわたり殺人事件が続く呪われた街・シェイディサイドを舞台に、主人公の高校生達が魔女サラ・フィアーの謎を解いていくホラー映画である。

 この映画、主人公がレズビアンカップルであり、それだけでもホラー映画というジャンルでは新しいのだが、さらに凄いのはクィア文脈における「魔女」という存在をこれほど誠実にかつエンタメ的に描いた作品はないということだ。

 

 ちょっと長くなるけれど、まずは「魔女」とクィアの関係について少し遡った話をしよう。

 1939年、ゲイ・アイコンとしても有名なジュディ・ガーランドの主演で『オズの魔法使』が映画化された。主題歌”Over the Rainbow(虹の彼方に)”は歴史上最も重要なゲイ・アンセムと言っても過言ではない(ゲイ・アンセムとは、その内容がLGBTQ当事者の持つ心境と親和性が高いためにLGBTQ賛歌として当事者間で好まれる曲のことである)。虹の彼方にきっとあるどこか素晴らしい場所をセクシュアルマイノリティが自由に生きられる場所に擬え、何十年もの間親しまれてきた。レインボーフラッグがこの”Over the Rainbow”に着想を得て作られたという説もある。

 しかし、『オズの魔法使』の物語そのものを観てみると、マイノリティに優しいものとは言い難いところがある。有名な台詞の”There’s no place like home(おうちが一番)”だって、当時はそのhomeからジェンダーセクシュアリティを理由に追い出されたり蔑まれたりした人が沢山いた時代である。そして、本作の悪役である西の悪い魔女は見かけにも明らかに普通の人間とは違う異質な者として描写され、主人公サイドの敵となった。

 そんななか、この『オズの魔法使』を取り巻く諸々に大きな変化をもたらしたのが2003年、ミュージカルの『ウィキッド』である。悪役だった西の悪い魔女「エルファバ」をその肌の色と魔力ゆえのマイノリティ性を持つキャラクターにし、彼女が周りの圧力に逆らい自分の力を発揮する姿は多くの人に感動を与えた。劇中歌”Defying Gravity(自由を求めて)”もまた有名なゲイ・アンセムの一つである。”Over the Rainbow”と比べてみるとその内容の違いからセクシュアルマイノリティを取り巻く状況の変化が垣間見れるだろう。目には見えないけれどきっとどこかにある自由に生きられる場所を夢見る歌から、誰になんと言われても自分のありのままの姿で自由に生きることの歌へ変わったのである。

※ゲイ・アンセムについてはこちらのWikipediaがシンプルにまとまっていて分かりやすいので興味があればご一読を。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%A0


 『ウィキッド』では物語の終盤、エルファバは西の悪い魔女として死んだこととなり、自分の無実をオズの国の人々に証明することがないまま、どこか遠い土地へと旅立って行く。そう、エルファバは自由に生きる道を見つけたものの、表向きには悪者として多数の人に記憶される運命なのだ。

 

 これに一つの終止符を打ったのがこの『フィアー・ストリート』シリーズである。

 『オズの魔法使』『ウィキッド』ではあくまで観客側がセクシュアルマイノリティを取り巻く現実と重ねて観ただけで、物語内にそれを示唆するものはなかった。エルファバもおそらく異性愛者だし。一方『フィアー・ストリート』では、主人公となるレズビアンの女の子がガールフレンドと共に魔女の呪いに立ち向かっていく。

 だがちょっと待てと。魔女をそんな安易に悪役にして良いのか?昔から魔女として魔女裁判にかけられた人の中には、同性愛を理由に魔女と疑われ殺された者もいたと言うではないか。西の悪い魔女とセクシュアルマイノリティを取り巻く諸々はそんなところからも繋がっているのを忘れてはならないぞ。私達も時代が違えば魔女だったのだ。首を括られ、または水をかけられ殺されていたかもしれないのだ。それに立ち向かうのがレズビアンの主人公って、大丈夫なのか?と思ったのも束の間。全ての予感を良い意味で裏切ってくれた。そう、これはエルファバの無罪を証明する話なのだ。1作目の序盤で『オズの魔法使』の西の悪い魔女の仮装をした生徒が登場するのも、制作陣の意図に違いない。

 時代が違えば殺され、後世まで悪者として語り継がれたかもしれない私達、その無罪を晴らすのは他でもなく私達自身なのだと、この映画は語りかけてくる。ここでpart3の魔女サラ・フィアーを主人公ディーナが演じる構成が効いてくるのだ。彼女も私達と同じ、異質な存在だった。その怒りに触れることができるのも、虐げられた歴史に終止符を打てるのも、今を生きる私達だ。これはもう「ホラー映画でレズビアンの子が主人公なのが良いねえ」とかいうレベルではない、今までの歴史への壮大なリベンジ映画である。

 また『ウィキッド』ではどこか別の場所で自由に生きることとなったエルファバも、本来ならそんな負担は負わなくてよい筈だった。どうして虐げられた側が出ていかなくてはならないのか。『フィアー・ストリート』では、ディーナが魔女の呪いの真実を見つけサラ・フィアーの無念を晴らし、その場所でガールフレンドとキスするシーンでエンディングとなる。私達が自由に生きられる場所は「ここではないどこか」ではなく、ここなのだ。ここで自由に生きられるようになるまで、私達の闘いは続いていく。There’s no place like homeと心から言える日がくるまで。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』1981年2月24日付第一原稿 日本語訳

 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』第一原稿の、マーティが過去に行くシーンまでを日本語訳しました。現在の映画とは設定が異なる部分が多々あります。

ロバート・ゼメキス、ボブ・ゲイル 作
第一原稿 1981年2月24日 
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【フェードイン】
【宇宙】 
(宇宙船がジョン・ウィリアムズの曲とともにデビルズタワーから宇宙へと飛び立っていく。やがて視聴者は、それが『未知との遭遇』のラストシーンであることに気づく。『未知との遭遇』 のエンドタイトルが流れる。)
(カメラが引いてテレビ画面が映る)
(更にカメラが引くと、ビデオテープの山が見え、『未知との遭遇』の海賊版ビデオが作られて いる。)
【ビデオ製作所、研究所 昼間】 
(海賊版ビデオの製造機を操作しているのは、17歳の少年、マーティ・マクフライ。彼は銀色の ポルシェのジャケットを着て、いかにもイマドキの若者といった感じ。マーティはローリング ストーンの雑誌に載ったギターアンプの広告を見ている。) 
(映画が終わると、マーティはビデオ製造機を切り、ビデオカセットを取り出し、そこに『未知 との遭遇 オリジナル・エディション』と書く。) 
(マーティはビデオを引き出しにしまう。引き出しの中には『スター・ウォーズ エピソード5/ 帝国の逆襲』『スター・クレイジー』『スーパーマン2』などのビデオが見える。)

 (マーティがビデオと教科書をかかえ、別の部屋へ行く。そこは大きな研究所で、机の上は実験 用の機械で溢れかえっている。そこは古くて埃っぽく、50年代の変人科学者の部屋といった感 じである。そこで年老いた男性が一人、研究所の片隅にある機械をいじっている。)
マーティ: ブラウン教授!もう8時半なので、僕そろそろ行きますね。
教授: シーッ! 
(おそらく60代後半ぐらいであろうエメット・ブラウン教授が、ソーラーセルのような装置を 太陽のもとに動かし、日光に当てようとしている。彼はエキセントリックで掴みどころがない が、とても優しく、研究に熱心な人だ。) 
(マーティが教授のところへ近づいていき、彼が研究しているものを見る。その装置は30年ほど昔のものに見える。教授は電池の中に謎の液体を流し込み、その電池についたプラグをメー ターに繋ぐ。すると、パネル上の電球がぼんやりと光り、メーターの針がわずかに動く。) 
教授: 動け!あとほんの24ボルトだ! 
(ブラウン教授がフラスコを投げ捨て、それが壁にぶつかって粉々に砕け散る)
教授: (太陽を指差し) 100万個の水素爆弾の威力が... (装置を指差し) それから24ボルトの電流 があれば... いや、これじゃいかん!私は1949年からずっとこのパワーコンバーターの開発に力を注いできた。それだけの時間があれば、放射能を電気エネルギーに変換させる薬品のひとつも見つかりそうなもんだ!だが、だめだった!33年の月日を犠牲に研究に打ち込んで、得たものは海賊版ビデオの製造機だけだ!
マーティ: それで思い出した!もっとビデオを作って35mmフィルムの店を経営できるくらいになれば、供給会社の映写技師と手を結べるかもしれません。そうすれば、公開前の映画だって ビデオにして売ることができるんですよ!
教授: 35mmフィルムの店か...。それなら私も手伝おう。 (教授がパワーコンバーターを見ながら考え込む)

 (マーティが教授のもとから離れ、別のドアの前に立つ。そのドアには5つもの鍵が掛かってい る。マーティがドアを開けようとするが、当然開かない。)
教授: そんなに中が見たいかね?マーティ。 
(教授が後ろを向いたままマーティに問いかける。マーティは笑みを浮かべる。)
マーティ: (笑みを浮かべながら)いつか教授がこのドアの鍵をかけ忘れたら、絶対中を見てやりますよ。
教授: 幾つかのドアには訳あって鍵がかかっている、そう考えたことはないかね?
マーティ: いいえ。その訳を知るにはドアを開くのを待つしかないですね。放課後に会いましょ う。
教授: ちょっと待て、マーティ。今何時だ?
マーティ: 8時半です。
教授: 午前か?午後か?
マーティ: 午前ですよ、教授。太陽が昇ってるじゃないですか 教授: あぁ、そうだったか。
マーティ: もう、部屋中時計だらけなのに全く時間の感覚がないんですから。 
(ブラウン教授の部屋は時計で溢れている)
教授: たしかに私には時間の感覚はないかもしれんが、時間そのものに関しての知識は誰にも負 けんよ。
(ブラウン教授が話しながらマーティのもとに歩いてくる)
教授: 時間というのは、それ自体が独自の次元を持っており、それはコントロールされた...... 
(教授の話にうんざりしたマーティが階段へ向かう)
マーティ: また後で会いましょう。
(マーティが出ていく)
教授: ついに旅立ちの時だな......
(教授がドアを開けて別の部屋に入っていく)

 【鍵のかかった部屋】 
(部屋の中には40年代か50年代のものとみられる妙な機器が置かれている。その端には幾つか のレンズが取り付けられており、そこからビームのようなものが出るのではないかと予想され る)
(教授が自分の発明品を見ながら)
教授: あとは動力だけあれば......。

【マーティと階段】
(マーティが階段を降りて通りへ繋がるドアを開ける)

【オペラ劇場の建物 昼間】 
(マーティが廃墟になったオペラ劇場から外へ出る。その劇場の3階がさっきの研究所である。) 
(その劇場はすでに廃墟になっており、外には"ASSEMBLY OF CHRIST"という文字が張り出さ れている)
(周辺の建物も劇場同様に廃れており、かつては賑わっていたであろう面影が残る) 
(その先の小道には"N.R.C."と書かれた黒いバンが停めてあり、2人の男がマーティを気にも留 めず排水をチューブに流し込んでいる) 
(マーティはその通りで唯一商売が続いている"ウィルソンズ・カフェ"に入る)

【ウィルソンズ・カフェ】 
(マーティがカフェに入る。カウンターには35歳の店主、ディック・ウィルソンが立っている。 彼は太っていて、キャンディーバーを食べている)
マーティ: おはよう、ディックさん 
ディック: やあマーティ。今日は何にする?
 マーティ: チリとフライと、それからタブを頼むよ 
(マーティが雑誌のスポーツページに目をやっていると、ディックがタブを持ってくる) 
ディック: ロバー・ビスケットがアーリントンで第3レースに出場、か。
マーティ: ディックさん、あの外の排水にいる男達は?
ディック:(肩をすくめ) 今週に入ってもう3度目だ
(マーティが彼らを見やる)
マーティ: N.R.Cってなんなんだい?
ディック: さあな。国際キャッシュ・レジスター(National Cash Register)かなんかの略か?

【科学の教科書】 
(「1952年3月18日、ネバダ州、アトキンス。最新の地上核実験」という説明文がついたキノ コ雲の写真。その雲の部分に「M・M +S・P」と落書きをする手。その手は、そこにハート型 の矢を描き、「土曜日にダンスに行かない?きっと"吹っ飛んじゃう"くらい楽しいよ」と続ける。)

【科学の授業】 
(先ほどの落書きをしていたのはマーティ・マクフライの手。マーティは授業に全く集中してい ない。講義をしているのは55歳のアーキー先生で、彼はとても機嫌が悪そうだ。) 
アーキー先生: アメリカでの地上核実験は合計でたった3回しか行われていない。政府はその全てにおいて放射能の影響を調査したんだ。実験においては、家にテレビに冷蔵庫、その他にも一般家庭にあるような物は全部設置された。科学者達はそれによって原子爆弾が町に及ぼす影響を調査しようとしたんだ。それから、町の住人もマネキンで再現し......

 (マーティは先ほどのページを教科書から破くと、斜め後ろの席に座った可愛い女性、スー ジー・パーカーにウインクをする。2人は笑いあい、マーティは彼女に破ったページを投げ渡す)
アーキー先生: しかし、実験から30年経って分かっていることは、核エネルギーの破壊力は今までにないほど強力だということだ。核が持つ破壊力について、君達も一度は考えたことがあるだろう。何か質問や意見のある者は?誰かいるか? 
(生徒からはなんの反応もなく、誰も手を挙げず、興味すら示さない)
アーキー先生: 地球全体を破壊する威力の話をしてるんだぞ?何も言うことがないってことはな いだろう。
(誰も何も言わない)
(先生はイライラし始める)
アーキー先生: ジャクソン君、君はどうだね?何か意見はないのか? 
(ジャクソンは何も言わない) 
(スージーがマーティに貰った教科書の切れ端に何かを書くと、それを折りたたんでマーティに 投げ返す。それがマーティの近くの床に落ちる。マーティが拾う)
アーキー先生: ゴメス君、何か意見は?パーカーさん?クランプ君?何かないかね? 
(マーティが紙を開く)

【教科書の切れ端】 
(キノコ雲の横には「それサイコー」と書かれており、その裏面には「もちろんよ」と書かれて いる)

【再び授業風景】
(マーティが微笑む)
アーキー先生: 君はどうだね?マクフライ君。 
(マーティは切れ端を畳んで急いでポケットにしまう)

 マーティ: えっと、僕の意見はですね、その、面白かったです。
アーキー先生: 核で町が破壊されるのが面白かったって?
マーティ: いや、破壊されるのがじゃなくて.....
アーキー先生: (他の生徒達に向かって) マクフライ君は核で町が破壊されるのが面白いんだそう だ!
マーティ: いや、そんなこと言ってませんよ!
アーキー先生: (マーティの話を聞かずに) その態度が気に食わん、マクフライ!お前は「面白いから100メガトンの核爆弾を爆発させてみよう」なんて言いかねんからな。
マーティ: (怒りながら、先生に聞こえない小さな声で) ああ、あんたのケツの中で爆発させたら面白いだろうよ。
アーキー先生: だが残念ながら、このまま行くと君達は本当に地球が破壊されるのを見ることになるかもしれん。そうじゃなくとも、天然資源の枯渇は今大きな問題だ。それから君達が今吸っている空気、それに川や湖の汚染だって無視できない。将来的には石油だって使い果たしてしまうだろう。いや、それだけじゃない、私達が持つ全てのエネルギー資源が危機に瀕して いる。そんなことがこの先いくらでも起こりうるんだ。どうだ、"面白い"かね?
マーティ: ああ、アーキー先生、もうやめてくださいよ!僕まだ17歳なんだから!そんな問題 背負いこめるわけないじゃないですか!
(先生が真面目になってため息をつく)
アーキー先生: もちろんそんな必要はない。その問題自体においてはな。だがその解決策は君達自身も考えなければならん。
(授業終了のベルが鳴り、生徒達が出口へ向かう)
アーキー先生: ではまた明日。

【高校】
 (生徒達が校舎から出てくる。そこはごく普通の高校で、煉瓦の壁の横にはカシの木が立ってい る。壁には幾つかの落書きがあり、板が張られている窓が1、2つある) 
(学校が終わった生徒達は、いつものようにタバコを吸ったり、飲酒をしたり、ぶらぶらしたり、 男は女を、女は男を追いかけたり、車を見せびらかしたりしている) 
(マーティは子供達の輪の中に入り、こっそりとビデオを売っている。ラルフ・ニュートンがマー ティに近づく)
ニュートン: よう、マーティ。週末まで50ドル貸してくれよ、いいだろ?最後の20ドルを使っ ちまったんだ。
マーティ: 無理だって。新しいアンプを買うために貯金してるんだ。
ニュートン: いいじゃないか、お前がロックスターになった時のために貸しを作っとくと思って さ。
マーティ: 勘弁してくれよ!(時計を見る) 僕もう行かなきゃ。
(マーティの隣にいるのは彼の友人ドナルドソン)
ドナルドソン: なあ、いつものは時計どうしたんだ?
マーティ: 修理中なんだ。だからこのアンティークがそれまでの代わりってわけ。このからくり見てみろよ。 (マーティがからくりのついた金の腕時計を見せる。マーティは札束をポケットに突っ込む。ドナルドソンが階段を降りる)
ドナルドソン: なあ、一緒に来ないか?一杯やろうぜ?
マーティ: また明日な。ビデオ売んなきゃ。
ドナルドソン: なあ、そういや、俺の兄貴が来週結婚するんだ。それで今度パーティをやるんだ けど、お前、何かパフォーマンスできないか?
マーティ: ああ、今日の午後なんとかするよ。

 【研究室とマーティ 昼間】 
(深い興奮気味な喘ぎ声と、ポルノ映画のサウンドエフェクトが聞こえる。マーティは手を震わせながらそれを見ている)(その映画の画面はカメラには映らない)
(マーティがテレビの音量を下げる。彼はポルノ映画のコピー版を作っているのだ) 
(マーティはベンチの上にあるタバコの箱に札束を詰めると、研究室の別の部屋へと行く)

【研究室、ブラウン教授の住居スペース】 
(ブラウン教授がブランケットに包まれながら簡易ベッドで寝ている。その横には古い冷蔵庫と ホットプレートがあり、剥き出しのパイプには衣服が掛かっている。マーティは冷蔵庫を開けると、コーラを取り出す。マーティは不注意でオレンジを落としてし まい、それはベッドの下へと転がっていく) 
(マーティはベッドの下にかがみ、オレンジを取ろうとする。マーティがブランケットをどけると、そこにあった物を見て驚く)
(そこにあるのは一つの箱) 
(その箱には紫の放射能マークがついており、「危険!放射性プルトニウム!関係者以外使用禁止!扱う際は必ず防護服を着用してください!」と書かれている。その下には「カリフォルニア州 サン・オノフル / サン・オノフル原子力発電所 所有物」と書かれており、その横にオレンジが転がっている) 
(マーティは深く深呼吸をする。マーティは足でそのオレンジを箱から遠ざけると、慎重にベッ ドから離れてオレンジをゴミ箱に入れる。ブラウン教授はまだぐっすり寝ている) 
(マーティはコーラの蓋を開けて一口飲むと、猿(手回しオルガンを演奏しているような小さい 猿)が入っているケージへと向かう)
マーティ: やあ、シェンプ。調子はどう?

 (シェンプは赤のコートを着、帽子を被っている。マーティがケージを開けると、シェンプは マーティの肩に登る) 
(マーティはパワーコンバーターがあるところへと向かう。その近くには古い青写真が沢山ある。マーティがそれに目をやる)
(青写真) 
(青写真の一番上には「電光化学パワーコンバーター」と書かれた写真があり、その写真はベン チの上にある発明品と同じ物だ。その他にも「15チューブ自動執事ロボ」というロボットや、 「飛行モービル」という空飛ぶ車、それに「全自動ペン」というワイヤーのような物がついた ペンなどの写真がある) 
(マーティはパワーコンバーターを調べ始める。午後の日差しが写真の上に降り注いでいる。化学薬品が入っている仕切りからじょうごが飛び出ている。マーティは興味本位でその中にコー ラを注ぐ。すると、いきなり別の機械から火の粉が飛び散り、マーティは驚いて飛び上がる) 
(ブラウン教授が跳び起きると、辺りを見回し、パワーコンバーターのもとへ行く)
ブラウン教授: 何があったんだ!?
マーティ: その、よく分かんないんですが、間違ってコーラをこぼしちゃって。落としちゃった んです。
(ブラウン教授がボルトメーターと電球を見る)
ブラウン教授: 貸したまえ! 
(ブラウン教授はマーティのコーラを少しだけじょうごの中に注ぎ込む。すると、電球が光り、 ボルトメーターの針は跳び上がり、機械全体が音を立て始める) 
(ブラウン教授がさらにコーラを注ぐ。電球がさらに激しく光りだし、破裂する。ボルトメー ターの針は振り切れ、パワーコンバーターは激しく揺れてベンチに倒れる) 
(ブラウン教授は信じられないといった様子で両手を震わせている。それはまるで部屋の中をイエス・キリストが歩いているのを見たような驚きである。彼はボトルの構成成分表を見る)

 ブラウン教授: 何が入ってるんだ?
マーティ: さあね、コーラ作り方なんて誰も知りませんよ。世界最大の謎ですから。
(ブラウン教授は考えごとをしながら、パワーコンバーターを立て直して鍵のかかった部屋へと 向かう。彼は鍵を外し始めると、マーティを見て言う)
ブラウン教授: また明日会おう 
(ブラウン教授はパワーコンバーターとともに部屋の中に入ると、また内側から鍵をかける)

【マーティの寝室 夜】 
(マーティはヘッドホンをつけて、ステレオから流れるレコードの音楽と共にギターを弾いている。彼の寝室の壁にはロックスターのポスターがいくつか掛かっている。その部屋には、もう ここには住んでいない彼の兄のベッドと家具も置いてある) 
(マーティはギターを弾きながら部屋の中を歩きまわると、ギターのネックを使って机やタンス の上にある雑誌をどかし始める。彼は何かを探している。『ローリングストーン』をどかす と、そこには幾つかの工具が、さらに『ヘビー・メタル』と『ランプーン』をどかすと、そこ には宿題の束がある) 
(レコードが終わると、マーティとヘッドホンを外し、ドアの外に向かって叫ぶ)
マーティ: ドリル盗んだの誰!?
(女性の声が答える)
女性(画面には映らない): 夕飯の時間よ!

マクフライ家 夜】 
(マーティは階段を降りてリビングへ行く。家の家具は使い古されている。47歳のジョージ・マ クフライはテレビでボクシングの試合に夢中である。彼は禿げていて、平凡で、人生に退屈している人間だ)

 マーティ: 誰かドリル見なかった? 
(父からの反応はない。47歳の母・エレンはキッチンから顔を覗かせている。彼女はかつては 美人だったが、今はおばさんである)
エレン: 5分も呼んでたのよ!聞こえなかったの?
マーティ: 練習してたんだ。来週オーディションがあるからさ、練習しなきゃ。ちゃんと練習し なきゃスターになれないだろ?
エレン: ご飯も食べないでどうやってスターになるのよ
(エレンがキッチンに戻っていく)
マーティ: パパ、ドリル見なかった?
ジョージ: なんの?
マーティ: あのドリルだよ!クリスマスにパパに買ってあげた電動ドリル。昨日の夜使ってたん だけど。
ジョージ: すぐ見つかるさ
(エレンがテーブルに夕飯を置き、マーティが席に着く)
エレン: ジョージ、夕飯よ!
ジョージ: 今行くよ
(ジョージは座ったままボクシングの試合を見ている)
エレン: ジョージ!夕飯の時間だって言ってるでしょ!
ジョージ: 分かったよ今行くって 
(テレビがCMに入り、ジョージはテレビを食卓からでも見える向きに移動させる)
エレン: (マーティに向かって)学校はどうだった?
マーティ: まあまあ
エレン: 何か学んだ?
マーティ: うん
エレン: それは良かったわ

 (ジョージが席に着く)
ジョージ:(マーティに向かって)学校はどうだった?
マーティ: まあまあ
ジョージ: 何か学んだか?
マーティ: うん
ジョージ: そりゃ良かった
(ジョージがまたテレビに夢中になる)
(マーティが新聞をに目をやる)
(エレンが宙を見つめる)
(20秒間の沈黙。テレビからはボクシングの実況が聞こえる)
(エレンがついに口を開く)
エレン: ところで、思い出したんだけど、土曜の夜はステラおばあちゃんと中華料理を食べに行 くわよ
ジョージ: エレン、また中華かい?
エレン: ジョージ、 そんなに中華が嫌なら自分でどっか良い店探して予約してよね
マーティ: ってことはパパが電話しなきゃだね
ジョージ: そんな。分かった中華でいいよ。
マーティ: 土曜の夜は『パリのスプリングタイム・パーティー』なんだ。スージー・パーカーと 一緒に行くんだ
エレン: 『パリのスプリングタイム・パーティー』ですって。聞いた?ジョージ。あのパーティーまだ続いてるのね。
エレン:(マーティに向かって) あれは私達の初めてのデートだったわ。ジョージ、覚えてる?あの夜のことはすべて覚えてるわ。初めてキスした時のこと覚えてる?最後の曲を踊ってる最中で、エディ・フィッシャーの"Turn Back the Hands of Time"が流れてたの。私、あなたに誘われたときのことも全部覚えてるわ。あれはカフェテリアだった。あなたったらすごく緊張し ちゃって、コーンスープをこぼしちゃったのよね。 
(ジョージはテレビを見ていて、エレンの話は聞いていない)
マーティ: 僕、日曜の朝は家にいないかもしれないよ。スージーと湖に日の出を見に行くんだ。  
エレン: 日の出?なんのために?
マーティ: 見るためにさ
(ジョージは話がつかめず、またテレビに夢中になる)
エレン: それって、一晩泊まるってこと?
マーティ: だってそうしなきゃ日の出が見れないだろ?
エレン: 女の子と一晩一緒に過ごすなんて信じられないわ
マーティ: ママ、そんな堅いこと言わないでよ 
(裏口のドアを叩く音が聞こえるが、誰も出ようとしない。もう一度ドアを叩く音がする) 
エレン: ジョージ、出てくれない?
(ジョージは聞いていない。マーティが玄関に行く)

【裏口のドア】 
(マーティがドアを開けると、そこには47歳のビフ・タネンがいる。ビフは相手を脅すような大 きい声をしており、警備員の制服を着た腹はとび出ている。彼のネクタイはほどけ、シャツは ズボンからはみ出ており、明らかに仕事帰りである。彼の制服の肩には“特別警備員”と書かれ たパッチが付いている)
(マーティはビフを見ると不機嫌になったが、様子は変えない)
ビフ: おや、マクフライの不良一家じゃねえか
マーティ: なんか用?ビフ
ビフ: 少しは気を遣えよ、このアホ。俺は特別警備員なんだからな。

 マーティ: それがどうしたって言うんだよ。ゴルフ場であんたに気を遣ってるやつなんか見たこ とないけど。きっと皆んなあんたの仕事がどれだけ大変か分かってないんじゃないのか? 
ビフ: いいかよく聞け。アホみたいな面しやがって。俺はな.....
マーティ: なんの用なんだよ、ビフ
ビフ: オヤジさんはどこだ? 
(マーティがキッチンを指差す。ビフは壊れた電動ドリルと幾つかの工具を取り出す)

【キッチン】
(ビフがジョージに近づく)
ビフ: おい、マクフライ。なんて安モン貸してくれてんだよ。使った途端に丸焦げだ。もうちょっとでエンジンブロックがダメになるところだったんだぞ
(マーティが頭を振る)
ジョージ: ああ、ビフ。これは木工用なんだ、ほらここにそう書いてあるだろ?エンジンブロックになんか使っちゃダメだよ
ビフ: いいか、マクフライ。俺はこういう工具に関してはよく知ってんだ。こいつは使いもんに ならねえ安モンだ。エンジンがダメにならなかっただけ良かったさ。次にこういうモンを買う 時は必ず俺にひとこと言うんだな。工具の見分け方ってのを教えてやるからよ。
(ビフがジョージにドリルを渡す)
ビフ: おっと、それからもう一つ。俺ん家のガキがガールスカウトのクッキー売ってんだ。お前は4箱は買うだろうって言っておいたからな。俺を嘘つきにするんじゃねえぞ。
(ビフが去ると、ジョージは怯えながらうなずく。ジョージはマーティとエレンの方を向く) 
ジョージ: あいつどう思う?木工用ドリルをエンジンに使うなんてさ 
(マーティは怒って席を立つと、そのままリビングから去る)
エレン: どこ行くのよ

 (マーティは答える代わりにドアを思いっきり閉める)

マクフライ家 マーティ 夜】 
(マーティは銀色のポルシェのジャケットを着ると、玄関前の芝生を踏みつけながら歩いていく。彼は777と書かれた古い郵便ポストを殴り、ついで家族の車を蹴る)

【住宅街 夜】 
(マーティがスージー・パーカーと歩いている。マーティは怒りながら喋っていたが、落ち着き を取り戻す)
マーティ: パパったらいつも人の言いなりになってばっかりでさ。あんなにこき使われてるのに 何も言い返さないんだ。まったく人にされるがままだよ。
スージー: きっと自信がないのよ。少なくともあなたは父さんとは違うじゃない
マーティ: ああ、もう!あんなんでなんでママと結婚できたのか不思議でしょうがないよ。 
(しばらく無言で歩く2人)
スージー: お父さんとお母さんが一緒に寝てるところ想像できる?
マーティ: まさか!
スージー: 私もよ。うちの両親が結婚するまえ一緒に寝たことがあるのかってずっと不思議に思ってるわ。あなたのお父さんとお母さんは?どう思う?
マーティ: ありえないよ!うちのママがセックスだなんて。その言葉を聞いただけで発狂しそうな人なのに。僕達が土曜の夜一緒に泊まるって言ったときのママの顔、君にも見せてやりたい よ。いつだって何かやましいことがあるんじゃないかって心配してるんだから。
スージー: (ふざけながら色っぽく)でも土曜の夜は何かがあるんじゃない?
(マーティが答える前に、マーティの足にスケートボードがぶつかってくる。2人の子供がでこぼこ道を走っている。負けた方の子供が立ち上がる)

 (マーティはスケボーに乗ると、子供のいる方へ向かう。マーティは子供にスケボーの技を披露せずにはいられず、スケボーに乗って障害物を軽々と乗り越え始める。最後の障害物を乗り越 えると着地をきめてスケボーから降り、ついでスケボーを蹴り上げ、それをキャッチする。 マーティが子供にスケボーを返す)
子供: わあ!上手いんだね! 
(マーティはスージーに向かってにこっと笑うと、彼女のもとに戻る。スージーはとても感心している)
マーティ: 自転車に乗るようなもんさ、簡単だよ。 
(2人は家の前に来る。スージーがその家を見て、ついでマーティを見る。そこはスージーの家である)
スージー: ああ、着いたわ。
(2人はしばらく見つめあう)
マーティ: ありがと
(マーティはスージーにキスをする)
スージー: またね
(スージーが家の中に入る。マーティは彼女を見送ると、1人で考えに耽りながら道を歩き続け る。マーティが歩いていると、黒いセダンが彼の前に現れて通り過ぎていく。その車は屋根の 怪しげな装置をつけている。その車は道の先でUターンし、マーティの背後に来る) 
(車のヘッドライトがマーティに当たり、彼はそれに気づく。マーティは車を見ると、道の端に 寄る。車がマーティのそばに停まり、2人は捜査官風の男が出てくる。車にはN.R.C.という文字が書かれている)
リース: こんばんは。私はリース、こちらはフォーレー。原子力取締委員会(Nuclear Regulatory Commission)のエージェントだ
(リースが身分証を見せる)

 リース: ちょっとここに立ってもらってもいいかな? (マーティは警戒しながらも従う)
マーティ: どうかしたんですか?
フォーレー: 放射能チェックの巡回中でね
(フォーレーは放射能測定器を取り出し、マーティを検査し始める。マーティの足を検査するま では何も起こらなかったが、マーティがあのプルトニウムの近くに立っていた足を検査する と、機械は反応を示す。リースとフォーレーは目を合わせる)
リース: 身分証は持ってるかね?
(マーティはためらいがちにリースに財布を渡す)
マーティ: 待ってください、僕から放射能かなんかが出たんですか? 
フォーレー: そこまで危険なレベルじゃないから大丈夫だ
リース: マーティン、最近X線検査を受けたことは?
フォーレー: もしくは発光塗料に触ったとか
マーティ: いえ....
リース: 過去12時間以内にどこか変わった場所に行ったりしましたか? 
マーティ: いえ、家と学校とここだけです
フォーレー: 今日、2980のモンロー通り付近に行きました?
マーティ: どこのことです?
リース: 古いオペラ劇場のところさ
(マーティは少しためらう)
マーティ: いえ
(リースがマーティに財布を返す)
リース: わかったよ、マーティン。それじゃ、気をつけて帰るんだぞ 
マーティ: ああ、はい

 (リースとフォーレーは車に戻り走り去っていく。マーティは少しのあいだ考え、それから勢いよく走りだす)

【オペラ劇場 夜】 
(マーティはオペラ劇場に向かって通りを走っている。通りには、彼以外には道端に捨てられた 新聞くらいしかない。マーティは上の階に繋がるドアを開けようとするが、鍵がかかっていて 開かない。マーティはうしろに下がって上の階に目をやる) 
(すると突然、3階のドアが凄まじい爆発とともに吹き飛ぶ)
マーティ: 大変だ! 
(マーティは再びドアを開けようとする。それでも開かないため、彼は仕方なく窓を割って中に 入る) 
(マーティは研究所に繋がる階段を急いで上がる。部屋のドアにかかっていた鍵は外れており、 ドアの下から光が漏れている)
(マーティは急いでドアを開けて中に入る)

【鍵の"かかっていない"部屋】 
(教授が手作りの原子炉の横に立っている。それは古い暖房炉や湯沸かし器、ボイラー室の部品 などでできている。教授は片方の手にロープを持ち、ダイヤルとメーターを調節している) 
(猿のシェンプはその発明品についたレンズの先にある椅子の上に静かに座っている。シェンプ はいつものオルガン弾きのような服を着て、首にはデジタル時計がついている)
マーティ: 教授!
(教授はマーティを見て驚くが、作業を続ける)
教授: シールドの外に下がってろ!

 (教授は部屋の端にあるシールドを指さす)
マーティ: でも教授....
教授: いいから下がってろ!今から放射能を放つ
(マーティは急いでシールドの外に出る)
(教授がロープを少し引っ張る) 
(するとパワーコンバーターが動きだす。真空管からの低いうなり声のような音はさらに激しく なり、さらに静電気のパチパチという音とともに頻度を増していく) 
(シェンプは周りの音に興味津々で辺りを見まわしている。音はさらに大きくなり、緊張感が高 まる。そして時計がちょうど9時を指したとき、ブラウン教授はロープを放す。すると、高い音 とともに目の眩む赤いスポットライトのような光線が発射され、それがシェンプに当たる) 
(シェンプの姿が消える。シェンプが座っていた椅子の上半分も彼とともに消えてなくなってお り、光線の当たらなかった下半分の脚の部分だけがよろけながら床に残っている) 
(シェンプが消えたことでできた空間を埋めるように、風が研究室内を走りぬけていく) 
(機械の音は静まり、マーティ・マクフライは仰天してシールドの中に入ってくる)
マーティ: こりゃすごい!でもシェンプが消滅しちゃった! 
(ブラウン教授は頭を振り、笑みを浮かべる)
教授: いや、マーティ。シェンプは別な次元に無事に無傷で存在しとるんだ。
マーティ: じゃあ今どこにいるんですか! 
教授:いやそれを言うならばだ、どの時代に?と言ってくれ。わかるか、シェンプは世界最初のタイムトラベラーになったというわけだ。私はシェンプを未来に送ったのだ!未来と言っても 僅か2分先だがな。
マーティ: 未来?どういうこと?シェンプはどこにいるんですか!
教授: シェンプはこの部屋の中にいるんだよ、今から2分後の未来にな。正確に言うと、9時02 分にあいつはここに戻ってくるはずだ。

 マーティ: ちょっと、ねえ待ってくださいよ教授。それじゃあ、その、これってつまり、その..... 
教授: タイムマシンさ
(マーティは状況を理解しきれず腰を落とす)
教授: 成功するってことはずっと分かっていたんだ。33年前にこれを思いついたときからずっとな。だがそれに必要な動力がなかなか手に入らなかった。動力がなきゃどうにもならん。物質を光の速度まで加速させるのに十分なエネルギーが必要だったんだよ。だがそれがどうにも 見つからなかった、今日の午後まではな。
マーティ: あのコーラのことですか? 
教授: その通りだ
(教授はツアーガイドのような身振りでマシンの説明をし始める)
教授: このパワーコンバーターだが、これはコカ・コーラでできた化学薬品のおかげで今は最大能率で動いている。化学薬品のエネルギーは次元転移装置へと流れていき、それが1ミリ秒ごとに何ジゴワットかの電流を発する。その電流が、君がたった今見たような光線に変換されタ イムトラベルを引き起こすってわけさ。私がこのロープを放すと、その一連の流れが一気に引き起こされる。
マーティ: パワーコンバーターってのは太陽光で動くものだと思ってたけど、太陽がなくても大丈夫なんですね
教授: まあ、もし太陽からたった1マイルの距離にコンバーターを置けるなら太陽光でも問題な いがな。私が考えた方法ならもっと簡単に同じくらいの電力を得ることができるんだ。(ロープ を指し示しながら) 金属の棒が高く上がれば上がるほど、プルトニウムから強力なエネルギー が放たれる。それで物質が時を超えられるってわけさ。
マーティ: プルトニウムだ!それで用があって来たんですよ!教授、そんなのどこで手に入れた んですか?

 教授: なぜだ?
マーティ: さっき道で政府のエージェントみたいな人に止められて放射能検査をされたんですよ!きっとあいつらそのプルトニウムを探してるんだ! (教授は研究室のデジタル時計を見る。時計は9時01分50秒を指している)
教授: あと10秒だ!
(教授はシェンプが消えた場所へと急ぐ。マーティがあとに続く)
教授: 気を引き締めろ、急に現れるからな。
(時計が動いている。9時01分55秒... 56秒... 57秒... 58秒... 59...) (いきなりシェンプが現れる。椅子の上半分も現れ、よろけて倒れる。びっくりした猿は近くに あった機材の山の上に飛び移る)
マーティ: シェンプ! (ブラウン教授はシェンプを抱きかかえ、怪我がないのを確認すると、シェンプの首についた時 計を見る。シェンプの時計は9時00分10秒を指しており、研究室の時計は9時02分10秒を指し ている)
教授: きっかり2分遅れてちゃんと動いてるぞ!
マーティ: シェンプは大丈夫なんですか?
教授: もちろんだとも。あいつには凄いことが起きたという認識はない、あの椅子がいきなり倒れた以外はな。私達はシェンプに追いつくのに2分待たなきゃならんかったが、やつにとっては一瞬のことさ。
(マーティは教授の考えを探るように彼の顔を見る)
マーティ: 教授、つまり、これがあればシェンプを過去にも送れるってこと?
機械: 極性を逆向きにすればできるとも、理論上はな。 (ブラウン教授は"+"の向きになっているタイムマシンのスイッチを指し示す) 
マーティ:(興奮しながら)こりゃすごい!教授、これがあれば大金持ちじゃないですか!
教授: 大金持ち?

 マーティ: そうですよ!つまり、今日の新聞に載ってるレースの結果を過去に持っていけば..... 
(マーティは捨ててあった新聞からスポーツの記事を見つける)
マーティ: ほら、これと一緒にシェンプを過去に送れば、レースの結果が分かるんです。それで 勝つ方に賭ければ、僕達は億万長者ですよ!
教授: マーティ、そんなことしたら別の次元が生まれてしまう
マーティ: それがなんです?
教授: 分からないのか?もし過去にタイムスリップなんてしたら今までの歴史が変わってしまう んだぞ。私はそんな責任負いたくないね。
マーティ: せっかく大儲けのチャンスなのにもったいないなぁ
教授: 行くのは未来だけだ、マーティ。このマシンはそのために作ったんだからな。今からシェンプを24時間後に送る。もし良かった手伝ってくれ。
マーティ: ああ
(教授はマシンがある部屋から研究室へと出て行く。マーティは教授がいなくなったのを見計らい、新聞のレースの結果を破り取り、今日の日付に丸をつけ、シェンプのポケットへ忍ばせ る。さらに教授が見ていないのを確認し、マシンのスイッチを"-"に入れる)

【研究室】 
(ブラウン教授は窓際の机で何かを探している。教授はマイクロカセットレコーダーを見つける と、急いでマシンがある部屋に戻っていく)

【マシンがある部屋】 
(教授は部屋に内側から鍵をかけると、カセットレコーダーをマーティに渡す)
教授: これを持ってそこのパネルに立ってくれ。そこで放射線量を読み上げてくれ。ここであっ たことを全部記録しておきたいからな。85ラドに達したら教えてくれ。

 (マーティは言われた通りパネルのそばに立つ) 
(ブラウン教授は再び椅子をセットし、シェンプを座らせる)
教授: おいでシェンプ。大丈夫痛くないから。 
(教授は原子炉のそばに立つ。シェンプはマーティと教授の間に座っている。教授はスイッチが 切り替えられたことには気づいていない)
教授: 準備完了だ 
(教授がスイッチを幾つか入れると、マシンが唸りだす。教授はロープを慎重に引く。マーティ はメーターの数値をレコーダーに向かって読み上げはじめる)
マーティ: 放射線量、10ラド、数値は安定しています。43.16ラド。只今の数値、44.37ラド。 46.51ラド。46.73ラド。47...
(突然、N.R.C.のエージェントのリースとフォーレーよってドアが蹴り破られる。彼らの他には 警察と他のエージェントもいる。彼らは拳銃を持って部屋の中に入ってくる。数値は38に達し ている)
リース: 全員手を上げろ!
教授: 来るな!
フォーレー: なんてこった!原子炉だ!
(リースは教授に銃を向ける)
リース: (ブラウン教授に向かって)お前!止めろ!今すぐにだ!
教授: そんな!出て行ってくれ!実験の途中なんだ! 
(ブラウン教授は原子炉から離れようとはせず、ロープをさらに強く引っ張る) 
(フォーレーがブラウン教授を撃つ) 
(その音に驚いたシェンプは椅子から飛び降りる)

 (ブラウン教授は胸に弾丸をくらうが、まだよろめきながらロープを握っている。教授は倒れる と、ロープをできるだけ遠くへ引っ張る)
マーティ: 教授! (メーターを見る) 大変だ!ロープを放して!もう4200ラドだ!
リース: (マーティの言葉が聞こえなかった)なんだって??
マーティ: ロープを放して!!
(機械の大きな音で彼らの会話は全く聞こえない。マーティが教授のもとに走っていく。しかし、フォーレーはすぐにマーティに銃を向ける)
フォーレー: 動くな!! (マーティが止まる。マーティはちょうどレンズの真下に立っている。マーティが手を上げる) 
(教授は床に横たわっているが、まだロープを握っている。教授の手から力が抜け、ロープが放 たれる)
(光線がマーティを直撃し、白く光る)
(リースとフォーレーが驚く)
(マーティが上を見上げる) 
(カメラがマーティ視点に切り替わる)
(白い光が止むと、すべてが真っ暗で静かになる) 
マーティ: (声のみ) 教授?どこにいるんですか? 
(マーティはマッチで辺りを照らして見回すと、自分が物置きにいることに気がつく)

【物置き、マーティ、夜】 
(マーティは注意深く辺りを見回しながら歩いていくと、古い椅子に躓きそうになる。その部屋 にはいくつかの汚れた家具と木枠がある。マーティはもう一本マッチを擦り、ドアへ近づいて いく。それはさっきまでタイムマシンがあった部屋のドアを同じ位置にある。マーティはドア を開けようとするが、開かない)
マーティ: くそ!

 (マーティは窓に近づき、窓を開けると、車の音が静かに聞こえる。マーティは窓から外に出る。)

【オペラ劇場の裏、夜】 
(マーティは三階の窓から外へ出ると、非常階段から下へと降っていく。マーティが地面に降り立つと、ヘッドライトが彼を照らし、大きなトラックがマーティ目掛けて猛スピードで走ってくる。マーティは壁に身体を押し付けるようにしてよけると、トラックはギリギリでマーティをかわして走り去って行く。)
(マーティはほっと一息つく。)

吃音と映画とエンパワーメント

吃音って何?

吃音症というのは、言葉が流暢に話せない発話障害のこと。同じ音を繰り返したり(連発)、初めの音が出なかったり(難発)、一つの音を引き伸ばしたり(伸発)してしまう症状がある。100人に1人の割合でいると言われており、幼少時に自然と治る人もいれば、大人になっても治らない人もいる。明確な原因と治療法は解明されておらず、研究もあまり進んでいない。

私には、難発と、言葉を発しようとして身体が無意識に動く随伴という症状がある。私はずっとこの吃音が恥ずかしくて大嫌いだった。

吃音とエンパワーメント

映画を観て自分の今まで恥じていた部分、嫌いだった部分を少しだけ好きになれた。そんな経験がある人は多いと思う。私にも何度もある。『アラジン』のジャスミンを見て白くないから美しくないと思っていた自分の肌を少しだけ好きになれたし、『ゴーストバスターズ』のホルツマンが低い声で吹替えられているのを聞いて自分の低い声を少しだけ好きになれた。

また、LGBTQ映画が増えてきた昨今では、映画にエンパワーされているLGBTQ当事者はとても多いだろう。私もその一人だ。私が初めてレズビアン映画を観たのは中学生の頃。『モンスター』という実在の殺人犯を元にした映画で、連続殺人犯の主人公はその恋人に裏切られ2人は離れ離れになってしまう。実話が元だからそれで全く不満はないけれど。しかし、その映画を観る前から、そして観た後も長い間ずっと、女性同士の恋というのは現実でもフィクションでも幸せな結末を迎えられないんだという感覚があった。それが今ではレズビアンカップル達は幸せにもなるし、結婚もするし、ときには子育てに悩んだり、共に大きな敵と戦って勝利したりもする。物凄い変化である。『お嬢さん』で手を取り合って敵を欺いたあの2人を観たときの感動と言ったら!幼い頃にこんな映画に囲まれていたら、私はもっと早くから自分のレズビアンアイデンティティを誇りに思えていたかもしれない。自分の属性を誇りに思えるというのは素晴らしいことだ。

そんな中で、私にとって一番好きになれない自分の属性、吃音を肯定してくれる映画があることはとても重要だった。中には肯定なんかしないで改善する努力をしろと言う人もいるだろう。しかし、明確な治療法もなく、理解者すらほとんどいない中で、既に自分の一部となってしまった吃音を肯定することで少しでも自己肯定をしようとすることのどこがいけないのだろうか。いけないわけがない!もう一度言おう、自分の属性を誇りに思えるというのは素晴らしいことだ。誇りには思えないまでも、ずっと恥ずかしくて大嫌いだった部分が「まあいいか」くらいに思えたらそれは大きな進歩である。映画にはそういう力があるのだ。

これから話すのは、私に「吃音症である自分」を肯定する手助けをしてくれた映画の話。

英国王のスピーチ

吃音を扱った映画と聞いて真っ先にこの映画が思い浮かぶ人は多いと思う。吃音症に悩むイギリス国王、ジョージ6世言語聴覚士の協力を得て世紀のスピーチに挑む物語である。

私が初めてこれを観たのはまだ自分の症状に吃音という名前があることを知らないとき。初めてこの映画を観てから引っかかっていたものを取り除くようにインターネットの海を彷徨い、ようやく自分が彼と同じ障害を持っていると知るに至った。そして、それを知ったあとの2度目の鑑賞はきっと生涯忘れられない体験だと思う。そこには今まで世界で私だけが悩んでいると思っていたことと全く同じことで苦悩している人の姿があった。この映画はまずオープニングからすごい。あのスピーチの一瞬一瞬の緊張感が吃音者には手に取るように分かるのだ。自分の出かかった小さな声を無駄に反響させるマイク、不審な物を見るような目でこちらを見る観客、静かな空間で自分を急かすように響き渡る動物の鳴き声。その全てが私が昔経験したそのままだった。あまりにもそのまますぎて私は観るのが辛く何度も停止ボタンを押そうと思ったが、それよりも目の前に自分と同じ悩みを持っている人がいることの感動が勝った。仲間がいたのだ。17年間生きてきてようやく仲間を見つけた。その感動と言ったら!ありがとうコリン・ファース! 『アナと雪の女王2』でエルサがShow Yourselfを歌ったときと同じような気持ちである。あの曲は本当に素晴らしいね。何かしらのマイノリティ性を持つ人なら誰もが分かるであろうあの初めて仲間を見つけたときの感動の歌。やっと見つけた!

サウスパーク

これは映画じゃないけれど、ご存知アメリカの過激で下品な風刺アニメ『サウスパーク』。この登場人物に吃音症と筋ジストロフィーという病気を持つ少年ジミーがいる。性格はロクな奴じゃないんだけど。しかし実は吃音症である私を初めて「エンパワー」してくれたのはこのジミーなのだ。

英国王のスピーチ』は私にとって初めて自分と同じ仲間の存在を知らせてくれた映画で、それを抜きにしても素晴らしい作品だ。しかし、ハンデを持った人間が努力して目標を達成するという話であることに変わりはない。私も努力はしているけれど、果たしてこの先上手く生きていけるんだろうか。努力しても失敗したらやはり私は無価値なんじゃなかろうか。そんな風に考えてしまうこともあった私にとって、目標を達成する吃音者の感動物語はプレッシャーになることもあった。でもサウスパークでは障害者が頑張ったからといって決して感動物語にはならない。障害者も健常者と同じく酷い目に遭うこともあるし嫌な奴なこともある。全くもって優しい世界ではないけれどある意味平等で、それが私には嬉しかった。特別扱いされずに皆んなと同じように過ごし、学校のコメディアンとして舞台にも立つジミー。性格は良くないけど、彼は私に「皆んなと同じように扱われて良いし、皆んなと同じことに挑戦して良い」と教えてくれた初めてのキャラクターだ。もう変な目で見られたり、馬鹿にされたりすることにはうんざりだった。私は、吃音症である自分のままで周りと同じように扱われたいとやっと思いはじめていた。

『IT/イット”それ”が見えたら、終わり。』

ペニーワイズでお馴染みのホラー映画。私はホラー映画に疎いからオリジナル版を観ていなくて、このリメイク版も初めて観たのは去年くらいなんだけど。私は子供の頃の自分にこれを観せたい。ここで登場する吃音症の少年ビルは主人公であり「ルーザーズ」のリーダー的存在。吃音症の子がリーダーとは!私はずっと自分の話し方で周りの人に迷惑をかけてはいけないとばかり考えていたから、この描写は本当に衝撃というか、嬉しかった。吃音症の子がリーダーとなって殺人ピエロに立ち向かっていくんだよ。なんたるエンパワーメント!  

上手く話せなくても仲良しグループのリーダー的存在になっても良いんだよと、仲間内で存在感を消さなくても良いんだよと、こんな簡単なことを学ぶのに私はなんと時間をかけてしまったことか。あぁもったいない!それに、一生懸命喋ってるビルはなんだか可愛いじゃないか。全然恥じることじゃないよ。そういうことを私はもっと早くに知りたかった。できればビルと同じかそれより小さい年齢のときに知りたかった。ちなみに私の推しはリッチーである。

ハイスクール・ミュージカル

観た人なら分かると思うけど、この映画は吃音とは全く関係ない。1ミリも関係ない。これは、幼い頃に好きだったアメリカの高校を舞台にしたミュージカル映画

私はミュージカルの世界にかなり憧れている。なんなら住みたい。ミュージカルの世界に住みたい。私がこの映画の世界に没頭していたのは、吃音という言葉を知るずっと前だが、それでも無関係とは言えない作品だ。なぜかと言うと、ほとんどの吃音症の人は歌を歌うときにはつっかえずに声が出るのだ。それなら、歌で会話をするミュージカルなら私は他の人と何の違いもなく話ができるわけ。言いたいことを声が出ないからと我慢する必要もない。苦手な面接だって歌にのせて志望動機が言えたらきっと上手くいくだろう。これは夢のようだ!エンパワーメントとは少し違うかもしれないけれど、こんな風に現実を忘れて理想の世界に簡単に行ける映画ジャンルがあるのは、それはそれで素晴らしいことだと思う。

ジーザス・クライスト・スーパースター

ミュージカルの話はさっきしたじゃないかって? 違うんだ、これはロックオペラなんだ。イエス・キリストの最後の7日間を描いたロックオペラである。

ミュージカルと言っても全ての会話が歌なわけじゃない。友達とミュージカルカラオケをすると、私はいつも台詞のところで声が出なくなってしまう。「じゃあ8時ごろ迎えに行こうか?」が言えないわけだ。ミュージカルの世界でも上手く生きていけるわけじゃない。とても悲しい。だけど『ジーザス・クライスト・スーパースター』は良いぞ。最初から最後まで台詞が全部歌だ。これなら私も救世主にだって裏切者にだって王にだってなれる。何にでもなれるね!素晴らしい!私は叶うなら、ロックオペラの世界で生きていきたい。なぜロックかと言うとそれは単純にロックの方が好きだからだ。「夢が叶うなら〜皆んなのように〜話したい〜♪」と私はいつも塔の上から街を見下ろすカジモドのように考えているけれど、世界がロックオペラになればその夢はいとも簡単に叶う。たまにはこんな風に現実逃避したって良いじゃないか。ロックオペラ万歳! 

ちなみにこの『ジーザス・クライスト・スーパースター』は色々なバージョンがあるけれど、私のイチオシは2012年のUKアリーナ版。現代風な演出がとてもかっこいい!

志乃ちゃんは自分の名前が言えない

さっきまで散々現実逃避して急にド直球の吃音を扱った映画の話をするけれど、これは昔の自分を見ているような気持ちになる映画。エンパワーは全くされていない、むしろ私がこの主人公・志乃ちゃんをエンパワーしたいくらいだ。私も吃音を扱った映画を観てエンパワーする側になりたいと思える時がくるとは随分と時間が経ったものである。 志乃ちゃんは自分の吃音を恥じて、周りに迷惑をかけるのを申し訳なく思い、人と積極的に関わることが苦手な高校生。そんな彼女が友人と音楽との出会いを通して徐々に心を開き自分自身と向き合っていく。彼女が最後に行き着く結論はとても素晴らしい。抱きしめてあげたい。だけどちょっと待て、私はこの映画で説教したい登場人物が今思い浮かぶだけでも3人はいるぞ!その人達への批判なしに志乃ちゃんだけに精神的成長を求めるところが私はなんとも納得いかないのだ。他人を責めずにちゃんと自分と向き合った志乃ちゃんは本当に偉いよ、だけどあなたを傷つけてきた他の人達は反省してないどころか傷つけたことにすら気づいていないじゃないか。 

私が最後の最後にこんなことを書いてるのは、何もこの映画の悪口が言いたいからじゃない。今こう思えるのは、ずっと志乃ちゃんみたいに自分だけを責めてきた私がやっと他人に対して、ひいては社会に対して批判的な目を向けられるようになったということ。これも大きな成長なのだ。この映画が好きな人ごめんね。

おわりに

他にも映画に限定しないなら三島由紀夫の『金閣寺』とかも語りたかったけれど、今回は我慢してまとめのお話。私が今、自分の吃音を好きにはなれなくても「まあいいか」くらいに思えているのは、こういう素晴らしい作品達のおかげである。

最近よく話題に挙がる「レプリゼンテーション」という言葉。このレプリゼンテーションって一体何のためにあるのかを考えてみてほしい。もちろん正解は一つではないけれど、私は、より多くの人達をエンパワーして良い人生を歩む手助けをするためじゃないかと思う。今より表現に多様性がない時代、映画からエンパワーしてもらえるのはほとんどの場合、健常者や異性愛者と言ったマジョリティの人達だけであった。私は障害者で同性愛者で、何よりも映画が大好きだ。だから、映画をそんな風に一部の人達だけのものにしておくのはあまりにもったいないと思う。

レプリゼンテーションが大事って言われるのをポリコレでつまらなくなるなんて思ってる人もいるけれど、レプリゼンテーションって本当に大事。映画はただの娯楽だけじゃない、現実の人の人生をより良くする力を持っているのだから。

Just Breathe(from “The Prom”)日本語歌詞

※歌のリズムに合わせて作ったので訳はざっくりです。


(エマ)
分かってる
インディアナの町では
レズビアンなんて受け入れられない

自由に生きられるのは
サンフランシスコぐらい
でもこの町じゃありえない
女の子同士の恋なんて

大丈夫 エマ
良い人もいるはず
大丈夫 エマ
外の世界には

目を閉じて 冷静に
楽しいこと考えて
生き抜こう今日を

分かってる
くそったれだよみんな
こんな町
さっさと抜け出そう

プロムに女の子を 誘っただけなのに
今じゃ家族はバラバラ
こんなはずじゃなかったのに

大丈夫 エマ
海を思い浮かべて
大丈夫 エマ
無理なら薬飲んで

嫌なこと吐き出そう
ブログでも書こうか
その怒りを堪えて

大丈夫 エマ
ゆっくり深呼吸
大丈夫 エマ
ロクな町じゃないけど
嫌な奴が相手でも 優しく微笑んで
大丈夫
きっと